「人の体は小宇宙である」 と言われますが、
人に限らず、全ての“いのち”あるもの、即ちすべての存在は、
宇宙と同様の普遍的秩序を持って、
大自然の一部として存在しています。
実際は、この宇宙空間にそれぞれに固有の “場” が与えられ、さらに“いのち”のはたらきに支えられて存在しているのです。
これ即ち、
宇宙の全ての存在は、それぞれ独立しているように見えて、
本質的にはひとつながりであることを意味します。
人は、“いのち”と身体と心が結びついた生きものですが、
人として生きて行くためには、縁ある環境とのつながりの中で、空気と水と栄養とエネルギーと情報の出し入れをしなければなりません。
腸には500種以上、100兆個、重量にして1kg~1.5kgと言われる、膨大な数の腸内細菌が、腸内フローラを形成して共生し、消化吸収を助け、腸管免疫を担い、我々を生かしてくれています。
私たちの体は、元はたった1個の受精卵から細胞分裂を繰り返し、さらに多様に分化してできた、37兆個(Eva Bianconi 2013)もの細胞の集まりですが、
全ての細胞が、神経伝達物質やホルモンなどを共有の情報媒体として、お互いに緊密につながり合い、
「部分は全体、全体は部分」と言えるような、驚くべき秩序を形成しています。
この地球には多種多様な生物が、多様な生態系に育まれて生息していますが、
すべての生物が、DNAに書き込まれた生命の設計図(=遺伝情報)を遺伝することで、可変的に
素粒子の世界では、全ての元素は電子とクォーク(アップクォーク&ダウンクォーク) の組み合わせで出来ていることがわかっていますが、これは
全てのものは究極的には電子とクォークでできていることを意味します。
すべての形あるものは、元素が高密度に集まって形作られていますが、
元素は原子核の周りを電子が周回運動することによって形成され、
原子核は、同数の陽子と中性子がグルーオンと言う素粒子によって結び付けられて出来ています。
さらに陽子と中性子の中には、同じくグルーオンを介して、「クォーク」と呼ばれる素粒子が存在しているのです。
それでは、これらの元素はどこから来たのでしょうか?
宇宙に目を向けると、
「ほとんどの元素は何十億年も昔に超新星爆発した星の名残である」こと、
延いては、「すべての存在は宇宙とひとつ」という真実が見えてきます。
宇宙誕生の大略は・・・
今を遡ること約137億年、この宇宙の原初は、なんと10⁻³⁵m、10³²度の火の玉状の微粒子だったようです。
無辺の宇宙になるための膨大なエネルギーがギュッと圧縮されていたため、想像を絶するような高温になっていたのです。
この宇宙の種が、急激に膨張し(インフレーション)、ビッグバンを経て、以来膨張し続けて今の宇宙があると考えられるのですが、
当初の宇宙は10¹⁰度以上で、
電子やクォーク・ニュートリノ・グルーオン・フォトン・ヒッグス粒子といった素粒子が、対生成と対消滅を繰り返しながら、宇宙エネルギーのスープの中を自由に飛び回っていました。
その後、膨張と共にエネルギーの密度が低くなり、それに伴って次第に温度が下がると、素粒子の運動量も減少して、
相転移が起こり、
ヒッグス粒子の海の中に、対消滅を免れた僅かな素粒子が存在する様相を呈します。
そこで、グルーオンを介してクォークが集まって陽子や中性子ができます。
さらに陽子と電子がペアになって水素原子になります。
次いで水素原子が凝集して、太陽のように自ら熱と光を発する星、「恒星」が生まれます。
恒星では「恒星内元素合成」という核融合反応の過程が進み、陽子と中性子を組み合わせて原子核が作られると共に水素からヘリウムが恒常的に合成され、さらに超高温の中心部では鉄までの比較的原子量の小さい元素が合成されます。
また、太陽の8倍以上の巨大な恒星が寿命を迎えて起こる超新星爆発の際には、「超新星元素合成」が起こり、鉄以上の原子量の大きい元素が合成されます。
超新星爆発で飛び散った星の成分は、宇宙空間に広く拡散し、
星間物質(星間ガス+星間塵)として漂います。
その後星間物質は、“ダークマター(暗黒物質)” による重力の作用を受けて再び凝集し、やがて多種多様な星に生まれ変わります。
こうして次々と新しい星が生まれ、天体が形成されたのです。
私たちの太陽系もこのようにして出来たのですが、
その中で、生物が生息できるような絶妙な環境に生まれた地球では、豊富な元素にも恵まれ、さらに隕石の衝突などの外的要因も加わることで、
やがてアミノ酸(タンパク質)や核酸(DNA)・脂質などの有機物が合成されるようになり、それらを材料に最初の生命体が発生し、以来“いのち”をつなぎ続けているのです。
このように、すべての“いのち”あるものは、多種多様な関係性をもって、時間的にも空間的にもつながりあって存在しているのです。
正に“いのち” は “つながり” そのものなのです。